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姦獄島

書いて詰まると、息抜きに別のを書くといういつものパターンですが、またファイルがクラッシュしないうちに冒頭だけでもアップしておきます。

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 その応接室は、手狭ではあるがよく清掃が行き届き、質素な内装を生け花が彩っていた。
 主の女性らしさを感じさせる場所であったが、今は険悪な雰囲気に包まれていた。

「あなた方とお話することはありません、お帰りください」

 鈴の音の如く澄んで、よく通る声が応接室に響いた。その声の主は、ダークグレーのスーツを着込んだ女性だ。
 襟元に付けられたバッジから弁護士だとわかるのだが、その美しい容姿は女優と紹介されても納得してしまいそうだった。
 ワンレングスにセットされた栗色の髪。その合間から覗く端麗な顔立ち。まっすぐ相手を見据える瞳は、澄んだ湖のように透明感があり、そこには強い意思の光が宿っていた。
 三十路前というのに瑞々しい柔肌は十代の小娘のようで、それでいてスッと通った高い鼻筋に貴族的な高貴さを感じさせ、やや厚みをもった唇から大人の色気を漂わせている。
 ボディも美貌に劣らないものだった。スーツの上着では隠しきれないHカップの膨らみに腰は驚くほど括れており、逆にタイトスカートにおさめられたヒップは、はち切れんばかりの迫力だ。
 黒タイツに包まれた長い美脚といい、隅々まで男の欲望を刺激する官能み溢れるボディだった。

「まぁまぁ、水沢(みずさわ)先生もそう言わずに、折角、龍鱗会さんの方から提案してくらはるんやから、話だけでも聞いてもらえんやろうか」

 テーブルを挟んで座るのは二人の男たちだ。
 ひとりは、瀬名と同じく弁護士のバッジを付けた中年親父で、名は舐筑 司太郎(なめつく したろう)という。
 この街でも古参の弁護士で実力もあるのだが、いろいろと悪名高く、悪い噂も絶えない男だった。
 暑くもないのに扇子をパタパタと扇ぎながら、特徴的な大きなタラコ唇を動かしては瀬名を説得していた。その一方で、正面の魅惑のボディを舐めるように見ていて、瀬名を視姦されている嫌な気分にさせていた。
 その脇に座っているもうひとりは、平目顔をした巨漢の男だ。
 イタリア製の上等なスーツを着ているが、男が全身から溢れださせる凶悪さを誤魔化すことはできない。時折、厚い唇の隙間からギザギザの歯を見せられると深海魚に襲われる小魚の気分にさせられる。
 その男こそ、この地方都市に古くから影響をもつ龍鱗会の幹部であり、色街を取り仕切る鱶咬 凍次(ふかがみ とうじ)であった。
 その街には陸地から一キロも離れていない距離に切り立った岩山のような小さな島があった。戦争末期まで思想犯の収容施設があった場所で、終戦で施設が封鎖となった跡を戦後のどさぐさに龍爪会が手に入れ、色街へと改造していた。
 岩山をくり貫いた通路が縦横無尽に走り、さらがな蟻塚のようになっている。そこにはバーやキャバレーなど飲食店や風俗店がところ狭しと入っていた。
 その中には非合法な店もあるらしく、時折問題視されていたが、そのたびに抗議は絶ち消えになり、うやむやにされてきた。
 だが、最近になって島のどこかに残る収容施設跡に女性が監禁されて性奴隷のように扱われていると噂になり、ネットでは『監獄島』や『姦獄島』などと呼ばれていた。
 その噂の真偽を確かめるべく、抗議団体が調査に乗り出しており、その主要メンバーのひとりが、この弁護士事務所の所長でもある水沢 瀬名(みずさわ せな)であった。

「あぁ、もういいよ。舐筑先生。顧問弁護士のアンタにわざわざ骨を折ってもらったが、穏便に進めようとしても無駄だったようだな」
「せやかて……」
「前もって言っておきますが、私や他のメンバーも脅しには屈しませんからね」

 相手が誰であろうと凛とした佇まいで、ピシャリといい放つ。その気迫に厚顔で有名な舐筑も圧倒されてしまう。
 だが、鱶咬は違った。腫れぼったい瞼に隠れる眼差しにギラリと殺意を浮かばせる。そこには彼が束ねる荒くれ者たちがひと睨みで黙るだけの迫力があった。
 全身から放たれる狂暴さの気配に、舐筑は猛獣と同じ檻に入れられている気分にさせられていた。冷や汗が吹き出して、身体が恐怖で震えだしそうだった。
 だが、対峙する水絵は正面からその眼光を受け止めていた。それどころか強い意思をもって押し返さんばかりの気迫だった。
 緊迫する空気の中、先に降りたのは鱶咬だった。

「いやぁ、まいった、まいった。お見逸れしました」
「……鱶咬はん、どないしたんや?」

 深々と頭を下げる鱶咬に、武闘派で恐れられる彼を知る舐筑は戸惑いを覚えていた。

「非業の死を遂げた亡き夫のあとを継いだ抗議派の美人弁護士……ちょいと脅せばと思っておりましたが、予想以上に覚悟がおありのようだ。今日のところはこれで失礼して、改めて会いに伺いますわ」

 それだけ言うと、鱶咬は返事もまたずに席を立つと早々に応接室を出ていこうとする。すると扉の向こうに待ち構える人物がいた。
 女子大生だろう。まだ少女らしさが残るサラサラな髪質のショートボブの女性で、ボーイッシュな雰囲気にパンツルックがよく似合っていた。
 引き締まり健康美溢れる肢体は、女性として脂ののった瀬名とは違う魅力をがあった。おもわず値踏みをする鱶咬の冷たい視線に、勝ち気な美貌に嫌悪の表情を浮かべてギッと睨みつけてくる。
 瀬名の夫であった水沢 正志(みずさわ まさし)の妹の水沢 瑠奈(みずさわ るな)であった。
 瀬名の義理の妹にあたる二十歳の彼女は、県外の大学に通う女子大生であった。

「アタシたちの答えは変わらないわ、しつこくまた来るって言うのなら、ここでアタシがぶちのめしてあげるわッ」

 そう告げると腰を落として空手の構えをとってくる。腕に自信があるらしく巨漢の鱶咬を前にしても気後れする様子もない。

「ほぅ、威勢の良いむすめさんだな……そうか、水沢の妹か、あのガキがいい女になったじゃねぇか」
「くッ、いやらしい目で見るなッ」

 瑠奈が怒りのまかせて正拳を繰り出す。それを鱶咬はキャッチャーミットのような肉厚な掌で受け止めた。

「ほぅ、いいパンチだな、鍛練も積んでるようだ……だが、軽いな」
「このぉ、放せッ」

 受け止められた拳の握られた瑠奈は、今度は蹴り技移行しようとする。だが、それを瀬名の声が止めた。

「瑠奈ちゃん、止めなさいッ」
「瀬名さん、だってコイツはお兄さんの……」
「証拠はないわ、それに暴力では何も解決しないが、あの人の口癖だったでしょう?」

 瀬名の説得に瑠奈から戦意が失われていった。鱶咬もそれを確認すると握っていた瑠奈の拳を手放した。
 それにホッとすると瀬名は、鱶咬へと頭を下げる。

「鱶咬さん、今回の暴力の件は改めて謝罪させていただきます。ですが、何度こられても私たちの考えは変わりません」
「頑固なところは夫婦揃ってそっくりだな……次会うときも、そう言えるか愉しみにしているよ」

 そう言い残すと、鱶咬はその場をあとにする。
弁護士事務所が入居するビルを出ると待機させていたベンツへと乗り込んだ。
 それに遅れて舐筑が到着すると、車は静かに走り出した。

「もぅ、急にどないしたんや、鱶咬はん……なんや、笑ってるんか?」
「あぁ、つい我慢できなくてなぁ、ありゃ、先生の言うとおり、俺好みのイイ牝だな……それに妹の方もジャジャ馬で躾がいがある」

 鱶咬は自分好みの女をみると、込み上げる嗜虐欲が昂りすぎて笑みが抑えられなくなるのだった。
 ニタリと笑みを浮かべてギザギザの歯をみせる姿は、獲物を前にした捕食者だった。鱶咬から滲み出る凶悪さに、付き合いが長い舐筑でもゾッと寒気がしてしまう。

「そんなに気に入ってくれはって良かったわ。いつもみたいに早々に海に沈められちゃ、勿体ないからなぁ」
「あぁ、あの美人の弁護士先生には、ぜひ招待してあの島の素晴らしさを体験してもらいたいものだな」
「だがなぁ、拐って監禁ってわけにもいかんでぇ、いろいろ注目させてる方やし、夫の時も失敗しとるからな」

 瀬名は元々は東京で活躍する美人弁護士であった。
 当時は大手弁護士事務所に所属していた彼女は、新人の際に指導してくれた先輩の正志と恋仲になっていた。
 その後、結婚したふたりは彼の父親が残してくれた弁護士事務所を受け継ぐ為に、三年前にこの街へと移り住んで、まだ高校生だった妹の瑠奈と三人で暮らしはじめた。
 小さな弁護士事務所であったが、親身な対応から地元民からの信頼も厚く、当然、地元に巣食う龍爪会から被害を受ける人々の相談も多かった。
 矢面に立ち、毅然とした態度で被害者を守る正志は、色街に抗議する団体とともに龍爪会と対峙するようになっていった。
 その正志だが、雨が激しく降る日に行方不明となり、数日後に水死体となって運河で発見された。その身体には激しい暴行の痕があり、腫れ上がった顔は人相での確認が困難なほどであった。
 数日してヤク中の男が実行犯として逮捕されたが、すぐに留置場で急死してしまった。それで捜査も打ち切られてしまい、真相は闇の中へと消えてしまったが、誰もが龍鱗会の仕業だと確信していた。
 更なる報復を恐れてメンバーが次々と去っていった。このまま抗議運動は尻窄みになると思われていた。
 だが、瀬名が亡き夫の意思を継いだことで、事態は一転する。マスコミが悲劇のヒロインとして取り上げ、抗議運動自体も注目を浴びたのだ。
 そうなると龍爪会もおいそれと手出しができなくなり、結果的に抗議運動を勢いづけてしまったのだった。
 その事を指摘されて鱶咬も渋い顔を浮かべる。

「ほな、こないな手はどうや?」

 舐筑の提案に耳を傾けた鱶咬は、ニヤリと笑みを浮かべると徐々にそれを深めていった。





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