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達磨化事件(仮)

久しぶりの試し書きです。

読後の後味が濃い目のをと書いてみたものの、後半はバッドエンド展開にするとR18Gになりそうなので、ひとまずストップした品です。
一応、ハッピーエンドのルートのあるのですが、そちらだと要調整ですね。

折角なので掲載してみましたが、いつものように書き殴りなので誤字脱字はご容赦下さい。



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【1】

 郊外にある住宅地の一角に、その建物は建っていた。
 元は自宅兼診療所として使われていたのだろう、文字の掠れた看板の痕跡から当時の面影がしのばれる。
 今はすべての窓には雨戸で閉め切られて、小さな庭も雑草が鬱蒼と伸び切って荒れ放題だ。正直、人が住んでいるかも怪しい状態だ。
 真夏の太陽が降り注ぐ中、その前に複数の車が急停車すると次々と降り立つ者たちで慌ただしくなる。
 地味なスーツを着込み、一様に厳つい体格だ。緊張した顔持ちで玄関へと向かっていく。
 先人を切った者が呼び鈴ボタンを押してインターフォンで呼び掛ける。反応がないのを確認すると、強引に玄関のドアをこじ開けて内部へと突入していった。

「ようやく、尻尾を掴んだぞッ」

 そこ光景を背後から見守るのは、現場で指揮を執っている猪田 猛男(いのだ たけお)警部だ。野性味が溢れる中年男は険しい表情を浮かべていた。
 山道を愛犬とともに散歩していた地元住人が埋められていた女性の手足を発見したのが一ヶ月前だ。
 四肢は丁寧に梱包されて埋められており、鑑識で調査したところ捜索願が出されている二十歳の女子大生のものと判明した。
 すぐさま捜査本部が立ち上げられ、現場周辺も隈なく捜索された。
 それによって同様に埋められた手足が新たに三組も発見され、すべて行方不明となっている若い女性だとわかった。
 周辺地域を調べれば、この半年の間で若い女性たちが消息をたっていることがあきらかになる。

『連続誘拐バラバラ殺人か!?』

 事件を嗅ぎつけたマスコミがセンセーショナルに書き上げて、事件の深刻度が周囲に認知された。
 その後の分析で、丁寧に処置された切断面の状態から医療関係者を中心に捜査が進められて、容疑者が絞られていった。
 そうして、新たにスポーツインストラクターをしている女性が拐われた際に、偶然にカメラで犯行現場が撮影されており、そこに写っていたのが獅子堂 雪哉(ししどう せつや)という男だった。
 かつては医療使節団として紛争地域をまわる名医だったらしいが、紛争の多い地域でゲリラに拐われてから様子がおかしくなったらしい。
 八ヶ月前に帰国してからは住居を転々と移しており、なかなか消息が掴めずにいた。
 だが、懸命な捜査がみのり、ようやく遠縁の叔父が生前に診療所を開いていたこの家に潜んでいるとの情報を掴んだのだ。

「無事でいてくれよ」

 OLが拐われてから六十時間が経過していた。その場では手を下さず、ある程度は設備の整った場所へと移しているはずで、まだ生存している望みはあった。
 すでに周囲地域には黄色いテープが張られて制服警官によって完全に封鎖されていた。
 残っていた住人たちも誘導されて退去がはじまっており、蟻を一匹も逃さない構えだ。
 険しい表情を浮かべる猪田を、並び立つ人物が横目で見据える。

「また悪人面になってますよ。ネットで犯人より凶悪な顔だと評判になってますよ」
「なにを言う、俺たちは顔で仕事しているわけでは、ないんだぞッ」

 相棒である鈴祓 律花(すずはらい りつか)の指摘に猪田は猛々しく吼える。
 当人としては普通に喋っているらしいが、とにかく声が大きいのだ。
 その迫力に周囲にいた捜査員たちは、肩を震わせて驚くが、律花だけが淡々と変わらぬままだ。
 どんな時も冷静沈着な様子を崩さない鈴祓だが、23歳と若く、刑事として配属されてまだ半年であった。
 学生時代は剣道で全国三位にもなった腕前で、機転も効く彼女を猪田が気に入り、相棒として連れまわしていた。
 野性味溢れ猪田とクールな眼差しの王子さまルックの律花によるバディは、良くも悪くも目立った。
 とある事件で脚光を浴びたふたりは、”氷王子と野獣デカのバディ”とファンサイトまで出来ている。
 今も野次馬たちに混じり、ふたりを望遠レンズで撮影している連中が集まってきていた。

「それよか、最近、連中はストーカーじみてねぇか、昨晩にニンニク餃子とラーメンを喰ったって報告が上がってるしよぉ」
「意外ですね。そういうのは勝手にやってろってタイプかと思っていましたが、繊細なところもあるんですね」
「言ってろッ、お前こそシャワーシーンとか盗撮されねぇように気をつけるよッ」
「はい、気をつけます」

 緊張感があるのか、ないのか掴みどころのないふたりである。
 そんな彼らの元に内部に突入した捜査員からの連絡が入る。

『――容疑者は残念ながら発見できず』

 その報告に周囲から落胆の声が漏れる。だが、報告には続きがあった。

『……その代わり誘拐された被害者たちを……発見しました……』

 その知らせに歓喜の声が湧き上がる。
 だが、その中で猪田の表情は険しいままだ。彼の代わりに律花が無線に応答する。

「今、被害者たちと聴こえたけど、情報外に誘拐されてた女性がいたという事ですか?」

 律花の言葉に喜びの声を上げていた者たちが怪訝な顔を浮かべる。
 だが、返答は彼らが予想したものとは異なるものだった。

『……いや、違う。今まで拐われた女性たちは……全員……生きていたんだ……』

 無線機から聴こえる声は震えていた。
 それに律花が気付いた時には猪田は駆け出していた。慌てて彼の背を追いかけて建物の中へと入っていく。
 内部は古びていたものの、清掃は行き届いていた。狭いながらも受付と待合場所があり、診察室の奥にビニール製のカーテンで覆われた手術台まであった。
 青ざめた顔でうずくまる同僚刑事が指差す方へと向かうと、奥には薬剤用の倉庫があり、棚の裏に隠されていた地下への隠し階段が存在していた。

「随分と古そうだ……」

 大戦中の防空壕を改築したらしい空間に入ると、コポコポと音が聞こえてくる。
 奥に進むと広々とした猪田の背が見えた。周囲には突入した捜査員たちが悲壮な顔をしているのだった。

「……警部、突っ立ってどうしたのですか?」
「――鈴祓ッ!? お前は来なくていいッ」

 猪田の静止も虚しく、追いついてきた律花が彼の背後から覗いてしまっていた。切れ長の目に、現場の様子が映りこむ。

――金属製の棚が組まれて、ひと抱えもある六つ水槽が立体的に並んでいた。

――満たされた薄く青く染まった液体、そこにいるのは観賞用の熱帯魚などではなく、全裸の女性たちだった。

――酸素を送るチューブの繋がった透明なマスクで口元を覆われ、吐き出された空気がコポコポと気泡となって水面に昇っていく。

――水中に髪を漂わせる彼女らの目は虚ろだ。光の失せた昏く濁った瞳がジッとこちらに向けられている。

――その原因は一目瞭然だ。全員が手脚を根本から切落されていたのだ。まるで達磨のように胴体と首だけになった無惨な姿にされていた。

――股間にも何本もチューブは繋がれているのは、排泄物の処理だけではないようだ。秘裂へと挿入されて蠢く淫具が時折、モーターの駆動音を響かせているのだった。

 眼の前にある陰惨な光景に、普段は冷静沈着で表情に乏しい律花もショックを受けていた。
 目を見開き、顔から血の気が引いていた彼女の足元がガクガクと震えだしていた。

「クソッ、もう見るなッ、外にでるぞッ」

 ベテランの捜査員たちですら平静でいられない現場に、経験の浅い新人を連れてきた己の軽率さが腹立たしかった。
 猪田は足元が覚束ない律花を抱えあげると、屋外へと連れ出した。

「……だ、大丈夫です。もぅ、大丈夫ですからッ」

 いわゆるお姫様だっこをされていた律花だが、気持ちも落ち着いてきたのだろう。
 そのまま外へと出ていこうとする猪田に慌てて静止するよう訴えた。

「わ、わかったよ。そう胸をボコスカ叩くなよ」
「い、いえ……取り乱して……すみませんでした」
「本当に大丈夫なのか? なんか顔も赤いし、大声出すなんて普段はないだろう?」

 覗き込んでくる髭面から逃れるように顔を背けて前髪で表情を隠す。だが、確かに露出する耳まで真っ赤に染まっているのだった。

「だ、大丈夫ですからッ、とにかく、早く下ろして下さいッ」

 戸惑う猪田の腕から逃げるように抜け出すと、律花は背を向けて心を落ち着かせる。
 その様子を横目で見ながら、猪田は対応に困っていた。

「わ、悪かったッ、あんな現場に連れていって、配慮が足りなかったッ」

 強面顔で頭を下げる猪田。その暑苦しくも誠意ある姿に、律花はクスリと口元を綻ばせる。

「いえ、私こそ取り乱してすみませんでした」

 再び、彼が顔を上げた時には、彼女は普段通りの姿に戻っているのだった。
 鑑識も到着して現場は騒然としていた。その中に混じり二人の姿をジッと見つめていた制服警官がいた。
 彼は、その場をゆっくりと離れると到着した増援と入れ替わるようにして現場を離れていく。それを不審に思う者はその場にはいなかった。



【2】

 獅子堂が制服警官の姿で紛れ込んでいたのを現場を撮影していたファンサイトのメンバーからの指摘で発覚した。
 帰国時は伸び放題だった髭を剃り落としていたので、大きく印象が異なっていたのだ。
 警察マニアから入手しておいた制服を着込み、物陰に隠れて最初の突入をやり過ごすと、まんまと正面から逃げ遂せてみせたのだ。

「どうやら、軍政権の某国で活動中に反政府ゲリラに捕らわれて、半年ほど囚われて軍医として協力を強要されていたらしいな。軍による大規模な掃討作戦で救出されたが、その後は情緒不安定で帰国されたらしい」
「あの国、大量虐殺とか拷問と悪名高いので有名じゃないッスか、よくそんな国に行きますよね」
「識者である医師の多くは身柄を拘束されてるし、ほぼ内戦状態で医療体制もボロボロらしいからな。NPOも現地から泣きつかれたのだろうよ」

 海外派遣されていた医療団からの聴き込みを終えた捜査員から報告を受けて猪田は確信した。

(こりゃ、ただ囚われていただけじゃねぇなぁ、大胆で用意周到な逃走手段からも、どうみても場馴れしすぎてる……)

 出国前の正義感あふれる青年医師とは印象があまりにも異なり過ぎていると感じたのだ。
 被害者は、全員が自宅で就寝中に拐われていた。戸締まりはされており、防犯カメラもあったのだが、痕跡を残さずに身柄を攫い、周囲の住民にも異変に悟らせていない。
 それらは、獅子堂自身がゲリラに拐われた状況と酷似しているのだった。

(なんらかの理由でゲリラと共感したか、洗脳でもされたのかもな……どっちにしても、やっかいな相手になりそうだな)

 指名手配をかけたものの、未だに捜査の網にはかかっていない。
 ただ潜伏しているだけならまだ良いが、次の犯行に及ぶ可能性を考慮しなければならない。
 本部に残っている捜査メンバーで対策を練るのだが、その上で犯行の傾向を探る必要があった。

「押収した証拠品……カメラのデータの方はどうだった?」
「えぇ、手術台に寝かされた被害者の四肢を切断している光景が淡々と記録されてましたが……正直、正視するのに耐えられませんよ」
「麻酔から覚めて、自分の四肢が無くなったのに気付いた姿に……担当した若い連中は参ってますよ」

 ショックを受けた者に、カウンセリングを受けさせているのと報告に、猪田は頷く。

「被害者の全員が助かったとはいえ……あれじゃなぁ」
「被害者の共通点っといえば、警部はどう感じます?」
「女性、黒髪、二十代前半、スポーツ選手や武道経験者で自信が顔にでてるな……」


「あとは細身で美人ッスかね、鈴祓さんみたいな」
「いや、そこまでは俺は言ってないぞ」
「えーッ、鈴祓さんは美人じゃないんッスか?」

 離れたところで女性警察官らと談笑している律花へと視線を向けたところを、同僚たちにからかわれて強面の刑事も狼狽える。

「いや、まぁ……そうだな、確かに彼女も……美人だな」

 普段の野性味溢れて迫力ある姿から一転して弱る様子に、連日の激務で疲労していたメンバーに活気が戻っていく。
 捜査陣の全員中は、ふたりがお互いを意識しているのは把握済みなのだ。
 気付いていないのは当人らだけで、こうして息抜きでイジラレているのだった。

「あはは、その辺にしておけ。確かに鈴祓のようなボーイッシュな女性が被害者に多いですね。これで分析官の方にプロファイルを頼んでおきます」
「あぁ、頼む」

 年配の刑事も真面目な顔してやり取りをしていたが、すぐに相手が眉をひそめはじめる。

「それより、そろそろ風呂入って、着替えた方がいいみたいですよ」
「そ、そんなに臭うか?」

 ワイシャツを嗅ぎ始める猪田に、若手も追い打ちをかける。

「そうッスね、警部はずっと泊まり込みでしょう? 少しは休んでくださいッスよぉ、俺らも休み辛いッスから」
「あぁ、車で戻るなら、ついでに鈴祓も送っていってやって下さいよ。捜査メンバーで休んでないの二人だけですからね」

 反論も許されず、残ったメンバーに追い出されるようにして帰されると、その車に律花も同乗することになった。
 夜の街道を愛車で走り抜けながら、猪田は落ち着かない様子だ。

「な、なぁ……俺……そんなに臭うか?」

 ハンドルを握りながら、猪田は戸惑いながら助手席の方へと声をかける。
 どうやら先ほどの体臭を指摘されたことがショックだったらしく、換気するよう車の窓を全開にして走っているのだ。

「いきなりですね……そうですね……私は……そんなに気にならないですね」
「そ、そんなにって事は、やっぱり臭うってことだよなぁッ」
「なにを、そんなに狼狽えているんです……はぁ、ならコレを試してみますか?」

 鈴祓がバッグから取り出したのは香水のスプレーだった。

「友人から新製品の試供品で貰ったモノですが、試してみたけどライムの仄かな香りでキツくないですよ」

 言われてみれば、ライムの香りが彼女の方から漂ってくるのに気づく。

「確かに良い香りだな、俺好みだよ」
「では、多めに貰ったので差し上げます。あと、匂いを気にされるならニンニクの料理は控えた方がよいですよ」
「お、おぅ、気をつけるわ」

 お互いの体臭を嗅ぎ合っているのに気付いて、妙に気不味い雰囲気になってしまう。
 そのまま無言のまま律花が借りているマンションまでたどり着く。

「送っていただき助かりました」
「おぅ、今夜はゆっくり休めよ」
「はい、それは警部もお願いしますね」

 お互い勤勉家で、気になることを優先してしまう傾向があるのだ。
 それがわかっているから、お互いに苦笑いを浮かべたまま分かれていった。
 鼻歌交じりにマンションへと入ると、到着したエレベーターに乗り込もうとする。
 だが、開かれた扉の向こうには先客が立っていた。

「あッ、すみません――ッ!?」

 立っていた人物が獅子堂であることに、気を緩めていた彼女は気づくのが遅れた。

「貴様は獅子堂――ぐあぁぁぁッ」

 飛び退る前に腹部に硬いものが押し当てられていた。違法改造されて強化されたスタンガンの電撃に身体が硬直してしまう。
 そのまま崩れ落ちそうになるのを受け止めて、エレベーターの中へと引きずり込まれていた。

「い……猪田……さん……」

 ゆっくりと閉じられる扉の隙間から漏れ聞こえた呟きも、ピッタリと塞がれると聴こえなくなってしまった。



【3】

 想像以上に疲労がたまっていたのだろう。
 自宅マンションに帰宅すると猪田はベッドに倒れ込み、気付けば丸一日が経過していた。

あの二人・・・


 今回の品で再登場したあの二人ですが、並行して検討していた別作品でも出演を考えてました。
 こちらは展開が長くなりそうなので保留しますが、折角なので冒頭だけでも掲載しておきます。


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「ーー何をしているのッ」

 背後からの叱責に俺は動きを止めると振り向く。
 そこに立っていたのは、同じ空手部に所属するニ年の竜崎 凛(りゅうざきりん)だった。
 県下でも不良校として有名だった学園。それをスポーツの名門校へと改革しようとする新理事長の肝いりで転入してきた特待生だ。
 祖父の経営する道場で学び、幼少の頃から数々の大会で優勝した逸材で、全国大会でも常に表彰台に立つような選手だ。
 学園の広告塔としてメディアにも出ており、その容姿からも注目が集まっていた。
 トレードマークであるポニーテールを靡かせて、道着姿で颯爽と技を披露してみせれば、有名人デザイナー作の制服を着込み、可憐な笑顔を振りまく。
 鍛錬で引き締まったスレンダーなボディに、日本人離れしたスラリと長い美脚。顔立ちも端正で勝ち気そうな眼差しがチャームポイントとなっていた。

ーーそんなやつが俺たちを睨みつけていた。

 バットを持つ俺の足元には折れた腕を抱えてうずくまる一年男子ーー下級生の癖に図々しくも俺に意見してきた愚か者、周囲には俺の連れが三人いたが、そいつらは眼中にはないようだ。

「なにってわからねぇかぁ? 指導だよ、上下関係もわからねぇヤツに指導してやってるのよぉ」

 男子空手部には俺に逆らうような奴はいなかった。だが、竜崎の活躍に触発されてか、新たに入部してきた連中は反抗的だった。
 だから、時々こうして強くシメる必要があった。
 
「おぅおぅ、男子空手部の問題に女が首を突っ込むなよ」
「ちょっと強いからって、調子に乗るなよぉ」
「なんなら俺たちが稽古してやってもいいぜーーうッ」
「お、おい、蹲ってどうした?」

 短慮だがそれなりに実力のある連中のはずだった。だが、今回ばかりは相手が悪かったようだ。
 先頭のヤツが鳩尾に正拳突きを喰らい、次のは上段蹴りで脳震盪。残りは流石に状況に気がついたが、繰り出した拳を受け流されての中段蹴りでノックダウンだ。
 
(バカが 、女だからって油断してるからだッ)

 だが、男女での体格差があるのは事実だ、特に細身で女らしい体型の竜崎ともなれば尚更だからそこを突く。拳を繰り出して牽制し、意識が上にいったところで体重の乗った下段蹴りで仕留めるつもりだ。

(その長い美脚をへし折ってやるよッ)

 一気に間合いを詰めようと踏み込んだ俺だが、相手の方が上手だった。
 気付いた時には足元まで迫ってきて反応が遅れた。下から突き上げるような鋭い蹴り、それを顎に受けて俺の身体が宙に浮くーーそこまでが俺が覚えていることだ。
 気が付けば駆けつけた教員たちに囲まれ、その隙間から立ち去る女の姿が垣間見えた。
 それから男子空手部は活動停止となり、俺は無期限の停学、すぐに退学も決まるだろう。

(クソッ、忘れねぇ、忘れられる訳がねぇ、あの女が去り際に見せた、ゴミを見るような目を……)

 女に一撃で倒され失神したと笑いものになっているのも屈辱だ。その怒りを目の前のサンドバッグにぶつけ、鎖を軋ませ続ける。
 すでに一時間近くも続けており、吹き出した汗でタンクトップ激しく濡れ、上気した肌から湯気は立ち上っていた。
 だが、苛立ちは晴れるどころか激しくなる一方だ。まるで、憎き相手が目の前にいるかのように、再び殴り続ける。

「よぉ、今日も鍛練かよ。そういうところは俺に似て意外に真面目だよなぁ」

 トレーニングルームの入り口から家主である叔父の斧寺 道夫(おのでらみちお)が声をかけてきた。
 恰幅のいい身体に黒のダブルスーツと赤シャツを着こなし、それがなかなか似合う男だ。
 ダンディとも言えなくない顔立ちだが、目元から顎にかけて走る刀傷からわかるバリバリの武闘派のヤクザだ。
 すでに五十に届く年齢であるはずだが、漲る覇気は衰えを感じさせない。同業者も震え上がる眼光の持ち主も、甥である俺には優しいものへと変わる。
 そんな叔父に今は世話になって家に住まわせてもらっている。こうやって鍛錬の時は、邸宅の地下にあるトレーニングルームを借りていた。

「お前を倒しちまう女がいるっていうから、ちょいと調べさせたが……なかなかの有名人のようだな」

 子飼いしている探偵に調べさせたという報告書には、経歴や交友関係からはじまり、スリーサイズから恋人の有無まで事細かく記載されていた。

「……ん? 姉がいるのか」
「あぁ、四つ上の二十一歳、今は都内で独り暮らしして女子大に通っている。六本木でスカウトされて雑誌モデルしてるだけあって、なかなかの美人だぞ。この前、雑誌の特集で姉妹での写真も掲載されてたようだな」

 確かに美女だ。落ち着きある佇まいには妹にはない大人の風格があり、ジッと見つめる眼差しには広告写真とはいえドキッとさせられる。
 その上、プロポーションも抜群でメディアの露出が少ないのが不思議なくらいだった。

「学業に専念したいと本人の希望で、今は芸能活動は抑えているらしいな、この容姿なら卒業したらブレイク必至だろうな」

 妹も美少女といって過言もなかったが、姉の方はまとう雰囲気からして常人とは違う。
 俺でも見惚れるぐらいだからと叔父をみると、二人の写真を見下ろす眼差しの冷たさに背筋が凍る。

(なんちゅう目をしてるんだよ、まるでモノをみるような目だ)

 叔父が女絡みで利益をあげているのは知っているし、それを元に自分の組を持つまでになっていた。
 
「最初は可愛い甥を蹴り倒してくれた女にちょいとお灸をそえてやろうかと思ったが、気が変わった」
「どういう事だよ」
「慌てるな、なぁに、姉妹揃ってウチの商品になってもらおうって話だ」

 初めて聞いたが、叔父は口のかたい会員向けに密かに高級売春クラブを運営していた。
 そこに揃えられたのは極上の美女、美少女ばかりで、NGなしのプレイを楽しめるという触れ込みだ。
 特に人気なのがサドマゾのサービスで、全員が一級の奴隷娼婦としても調教されているのでリピータで予約が取れないほどの盛況だという。

「そこに、この姉妹も加えようっていうのかよ」
「あぁ、そうだ。近い将来に大女優や金メダリスト確実となりゃ、今のうち仕込んで牝奴隷として楽しめるとなりゃ付加価値として計り知れねぇ」
「おぉ、すげぇ、竜崎……いや、凛を奴隷にするって考えたらゾクゾクしてきた」

 興奮して盛り上がった俺だが、実際はそう上手くいくのだろうかと不安になる。特に有名なら周囲の人間の目もある。下手に手を出して不審がられれば、それだけで警察が動き出すリスクも高まる。


「でもよぉ、そう簡単に行くのかよ。拐ってシャブ漬けにでもするのかよ」
「バカッ、そんな商品価値を下げることするかよ。まぁ、そういうのに適任な人材がいるのよ」

 叔父は用心深く緻密にことを進めるタイプだ。それが、そこまで言うには相当に腕が立つのだろう。
 どうやら、例の高級売春クラブの肝である美女を集めた凄腕の女衒がいるらしく、その人物に任せるらしい。
 そいつのことを語る口調から相手は配下の者でなく、信頼できる友人として扱っているのが伺えた。



ヒトイヌ・マンション ( 管理人バージョン)

冒頭ついでに、新春向けな冒頭も掲載します。
以前、Twitterでやりとりしたヒトイヌマンションがベースで、何パターンか試し書きしたひとつです。

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 桜の吹雪が舞う中、俺は新居兼仕事場となるマンションの前に立っていた。
 目の前に建っているのは円柱状の独特な外観をしたマンションで、高さは五階程度と高くないが横に広い印象を受ける。
 広い駐車場の真ん中にドンと建っている様は、小さな野球場をイメージしたら分かりやすいだろう。

「思ってた以上に豪華な造りだな……大学でたての俺なんかが本当に管理人でいいのかよ」

 先日まで地方の三流大学に通っていた俺の元に、急逝した祖父の弁護士だという美女がやってきたのが半年前だった。
 二十代後半と弁護士としては若い女性だったが、無駄のない動作からも有能なのがわかった。
 ただ端整な顔立ちで隙のない感じから、少し近寄りがたい雰囲気をもっているのが残念だった。
 その彼女の話では、父方の祖父がこの俺に財産を遺してくれていたということだった。
 だが、両親は祖父のことを嫌っており長い間連絡すらとっていなかった。同然、俺自身も会った記憶もない人物で、正直に言えば祖父と言われても顔も思い出せずにいた。
 とはいえ、財産が貰えると聞かされれば興味を惹かれてしまうのは当然だろう。だが、彼女から聞かされたものは、俺のイメージしていたものとは少々異なるものだった。
 遺産の内容は、マンション一棟とその周辺の結構広い土地で、地方都市の郊外に建つとはいえ売ればかなりの額になるものだった。
 売らないにしても月々の家賃や管理費だけでも結構な収入で、就職しないでも裕福な生活を過ごせそうだった。
 だが、もちろん甘い話には裏があり、この遺産を受け取るにも条件があった。

「マンションに住み込みで二十四時間三百六十五日の間、管理人をするのが必須条件。その間にマンション外から人を入れるのも雇うのは厳禁。一年の間に住人全員から認められないと遺産を受け継ぐ権利はなしと判断されて全て没収って……随分と一方的でガチガチな条件だなぁ、軟禁状態で休みなく働くって、どんな罰ゲームだよ」
「嫌でしたら辞退していただいても結構です。ただし、じょうけんを満たせして正式に遺産を引き継がれたら、あとは売却されるのも貴方様の自由です」

 美女弁護士が意味ありげに微笑むのが妙に気になったが、就職活動が難航していた俺には目の前で提示された家賃収入が魅力的すぎた。

(一年間だけ頑張れば、あとは代わりの人を雇って、家賃収入生活で悠々自適なライフが待っている)

 そんな目論見のもと、俺は彼女が提示した条件を飲むことにした。

『ヴィラ・シャルダン・犬飼』

 それが目の前のマンションの名前だ。「フランス語で小さな庭を意味する」と美女弁護士は説明してくれていた。
 驚いたことに彼女も住人のひとりで、最上階に住む関貫 静香(かんぬき しずか)だった。
 俺が到着した頃には引っ越し作業は終わっており、彼女は俺に鍵を渡すと早々に自室へと戻っていってしまった。

「なんだろう、ソワソワして落ち着かない様子だったけど……まぁ、いいか」

 俺も多くない荷物の整理のため、厳重なセキュリティを抜けて新居となる管理人室へと向かった。
 一階は管理人室兼俺の住居の他は共有スペースとなっていた。フロアは天井の高い豪華な造りで、大理石の床に深紅の絨毯がひかれている様は、さながら高級ホテルのようであった。
 圧巻なのがマンション中央を貫く吹き抜けで、天窓に配置されたミラーがAI制御で太陽光を降り注がせていた。
 その吹き抜けの周囲に螺旋状に配置されたスロープがあり、随分とバリアフリーが行き届いている印象だった。
 吹き抜けの床部分は強化ガラスになっていて、その下には地下庭園まで備えてあった。

「あら、新しい管理人さん?」

 不意に声を掛けられて振り向くと、そこにはテレビで見慣れた女性が立っていた。
 今もっとも人気のある若手ニュースキャスターの五十嵐 楓子(いがらし ふうこ)だった。
 国立大学の経済学部を首席で卒業した才媛で、在学中はミスキャンパスに輝き、モデルとしても活躍したこともある女性だった。
 輝かんばかりの美貌に圧倒されていると、ジロジロと俺を見詰めて値踏みしているいうだった。

「まぁ、外見はギリギリ合格かな。あとは働き次第よね。ねぇ、来週末にでもドッグランを予約したいの、あとリクエストを入力しておくから、よろしくね」

 それだけ言い放つと、スタスタと正面ゲートから外出していった。颯爽と去っていく後ろ姿だけでも見惚れるには充分の価値があった。

「……ドッグラン? 地下庭園のことかな?」

 業務に関しては祖父が残した資料があるという話だった。管理人室に入った俺は、祖父が使っていた書斎を漁り、そこに残されたファイルを端から目を通すことにした。
 祖父は随分と几帳面な人物だったらしく、戸棚に整頓されたファイルが隙間なく並んでいた。
 その中から住人名簿を見つけて手に取ってみた。
 そこには住人の写真入りで詳細な情報が書かれていたのだが、どの入居者も美人ばかりで女優やモデルなど職業もそうそうたるもので圧倒された。
 ただ、そこに書かれている情報に目を通していった俺は、すぐに眉をひそめることとなった。
 各住人のスリーサイズや食の好みなどが書かれているのはまだわかる。会話などしているうちに知ることがあるかもしれない。
 だが、性癖や快楽のツボ、男性経歴まで事細かに書かれていると、もう犯罪の匂いしかしなかった。
 そこにはもちろん、あの美女弁護士の情報もあり、駄目だと思いつつも読んでしまっていた。

504号室住人 関貫 静香。28歳独身。
重度のマゾヒストで物扱いされ、貶められることでマゾのスイッチが入る。
性感帯は乳首とアナル。特にアナルを責められるのが大好きで、浣腸の後に責めると潮を吹いて泣いて喜ぶ。
貞操帯の愛好家で、鍵はSIZU-03として管理。
月末に家賃を手渡しされる時に清掃と施錠確認を必ず行う。
首輪をしているのが要求サインである為、その場合は事前に登録されたリクエストを実行した後に、中庭にて四十八時間のヒトイヌ管理にて牝犬扱いをすること(リクエスト、飼育方法の詳細はそれぞれ管理サーバーの情報を参照)。
尚、乳首にピアスを使用している為、スーツ着用の際は引っ掛けないように注意すること。

 そんな事が書かれているのだが、クールビューティーを絵にかいたような美女がマゾヒストだとは、にわかに信じられなかった。
 だが、それが事実だとすぐにわかることとなった。

ーーピンポン

 呼び鈴が押されて玄関を開けると、そこには関貫 静香が立っていた。
 先程までと同じストライプ柄のスーツ姿で手には封筒を持っていた。
 家賃が入っていると言われて差し出された封筒を玄関先で受け取ったのだが、それでも彼女が立ち去る気配がなかった。
 少し俯き加減の彼女は、なにかを期待する眼差しを向けていた。なぜか耳が赤く染まっており、腰を左右に揺らしているのがわかる。
そんな彼女の首筋に、赤い首輪がはめられていることにようやく気がついた。

(おいおい、まさか、あれに書かれていたのは本当なのか?)

 今の状況に戸惑ってしまう俺だが、クールな美女が見せる切なげな表情に次第に興奮を覚えていた。
 だから俺は黙って彼女を部屋の中へと招き入れていた。



姦獄島

書いて詰まると、息抜きに別のを書くといういつものパターンですが、またファイルがクラッシュしないうちに冒頭だけでもアップしておきます。

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 その応接室は、手狭ではあるがよく清掃が行き届き、質素な内装を生け花が彩っていた。
 主の女性らしさを感じさせる場所であったが、今は険悪な雰囲気に包まれていた。

「あなた方とお話することはありません、お帰りください」

 鈴の音の如く澄んで、よく通る声が応接室に響いた。その声の主は、ダークグレーのスーツを着込んだ女性だ。
 襟元に付けられたバッジから弁護士だとわかるのだが、その美しい容姿は女優と紹介されても納得してしまいそうだった。
 ワンレングスにセットされた栗色の髪。その合間から覗く端麗な顔立ち。まっすぐ相手を見据える瞳は、澄んだ湖のように透明感があり、そこには強い意思の光が宿っていた。
 三十路前というのに瑞々しい柔肌は十代の小娘のようで、それでいてスッと通った高い鼻筋に貴族的な高貴さを感じさせ、やや厚みをもった唇から大人の色気を漂わせている。
 ボディも美貌に劣らないものだった。スーツの上着では隠しきれないHカップの膨らみに腰は驚くほど括れており、逆にタイトスカートにおさめられたヒップは、はち切れんばかりの迫力だ。
 黒タイツに包まれた長い美脚といい、隅々まで男の欲望を刺激する官能み溢れるボディだった。

「まぁまぁ、水沢(みずさわ)先生もそう言わずに、折角、龍鱗会さんの方から提案してくらはるんやから、話だけでも聞いてもらえんやろうか」

 テーブルを挟んで座るのは二人の男たちだ。
 ひとりは、瀬名と同じく弁護士のバッジを付けた中年親父で、名は舐筑 司太郎(なめつく したろう)という。
 この街でも古参の弁護士で実力もあるのだが、いろいろと悪名高く、悪い噂も絶えない男だった。
 暑くもないのに扇子をパタパタと扇ぎながら、特徴的な大きなタラコ唇を動かしては瀬名を説得していた。その一方で、正面の魅惑のボディを舐めるように見ていて、瀬名を視姦されている嫌な気分にさせていた。
 その脇に座っているもうひとりは、平目顔をした巨漢の男だ。
 イタリア製の上等なスーツを着ているが、男が全身から溢れださせる凶悪さを誤魔化すことはできない。時折、厚い唇の隙間からギザギザの歯を見せられると深海魚に襲われる小魚の気分にさせられる。
 その男こそ、この地方都市に古くから影響をもつ龍鱗会の幹部であり、色街を取り仕切る鱶咬 凍次(ふかがみ とうじ)であった。
 その街には陸地から一キロも離れていない距離に切り立った岩山のような小さな島があった。戦争末期まで思想犯の収容施設があった場所で、終戦で施設が封鎖となった跡を戦後のどさぐさに龍爪会が手に入れ、色街へと改造していた。
 岩山をくり貫いた通路が縦横無尽に走り、さらがな蟻塚のようになっている。そこにはバーやキャバレーなど飲食店や風俗店がところ狭しと入っていた。
 その中には非合法な店もあるらしく、時折問題視されていたが、そのたびに抗議は絶ち消えになり、うやむやにされてきた。
 だが、最近になって島のどこかに残る収容施設跡に女性が監禁されて性奴隷のように扱われていると噂になり、ネットでは『監獄島』や『姦獄島』などと呼ばれていた。
 その噂の真偽を確かめるべく、抗議団体が調査に乗り出しており、その主要メンバーのひとりが、この弁護士事務所の所長でもある水沢 瀬名(みずさわ せな)であった。

「あぁ、もういいよ。舐筑先生。顧問弁護士のアンタにわざわざ骨を折ってもらったが、穏便に進めようとしても無駄だったようだな」
「せやかて……」
「前もって言っておきますが、私や他のメンバーも脅しには屈しませんからね」

 相手が誰であろうと凛とした佇まいで、ピシャリといい放つ。その気迫に厚顔で有名な舐筑も圧倒されてしまう。
 だが、鱶咬は違った。腫れぼったい瞼に隠れる眼差しにギラリと殺意を浮かばせる。そこには彼が束ねる荒くれ者たちがひと睨みで黙るだけの迫力があった。
 全身から放たれる狂暴さの気配に、舐筑は猛獣と同じ檻に入れられている気分にさせられていた。冷や汗が吹き出して、身体が恐怖で震えだしそうだった。
 だが、対峙する水絵は正面からその眼光を受け止めていた。それどころか強い意思をもって押し返さんばかりの気迫だった。
 緊迫する空気の中、先に降りたのは鱶咬だった。

「いやぁ、まいった、まいった。お見逸れしました」
「……鱶咬はん、どないしたんや?」

 深々と頭を下げる鱶咬に、武闘派で恐れられる彼を知る舐筑は戸惑いを覚えていた。

「非業の死を遂げた亡き夫のあとを継いだ抗議派の美人弁護士……ちょいと脅せばと思っておりましたが、予想以上に覚悟がおありのようだ。今日のところはこれで失礼して、改めて会いに伺いますわ」

 それだけ言うと、鱶咬は返事もまたずに席を立つと早々に応接室を出ていこうとする。すると扉の向こうに待ち構える人物がいた。
 女子大生だろう。まだ少女らしさが残るサラサラな髪質のショートボブの女性で、ボーイッシュな雰囲気にパンツルックがよく似合っていた。
 引き締まり健康美溢れる肢体は、女性として脂ののった瀬名とは違う魅力をがあった。おもわず値踏みをする鱶咬の冷たい視線に、勝ち気な美貌に嫌悪の表情を浮かべてギッと睨みつけてくる。
 瀬名の夫であった水沢 正志(みずさわ まさし)の妹の水沢 瑠奈(みずさわ るな)であった。
 瀬名の義理の妹にあたる二十歳の彼女は、県外の大学に通う女子大生であった。

「アタシたちの答えは変わらないわ、しつこくまた来るって言うのなら、ここでアタシがぶちのめしてあげるわッ」

 そう告げると腰を落として空手の構えをとってくる。腕に自信があるらしく巨漢の鱶咬を前にしても気後れする様子もない。

「ほぅ、威勢の良いむすめさんだな……そうか、水沢の妹か、あのガキがいい女になったじゃねぇか」
「くッ、いやらしい目で見るなッ」

 瑠奈が怒りのまかせて正拳を繰り出す。それを鱶咬はキャッチャーミットのような肉厚な掌で受け止めた。

「ほぅ、いいパンチだな、鍛練も積んでるようだ……だが、軽いな」
「このぉ、放せッ」

 受け止められた拳の握られた瑠奈は、今度は蹴り技移行しようとする。だが、それを瀬名の声が止めた。

「瑠奈ちゃん、止めなさいッ」
「瀬名さん、だってコイツはお兄さんの……」
「証拠はないわ、それに暴力では何も解決しないが、あの人の口癖だったでしょう?」

 瀬名の説得に瑠奈から戦意が失われていった。鱶咬もそれを確認すると握っていた瑠奈の拳を手放した。
 それにホッとすると瀬名は、鱶咬へと頭を下げる。

「鱶咬さん、今回の暴力の件は改めて謝罪させていただきます。ですが、何度こられても私たちの考えは変わりません」
「頑固なところは夫婦揃ってそっくりだな……次会うときも、そう言えるか愉しみにしているよ」

 そう言い残すと、鱶咬はその場をあとにする。
弁護士事務所が入居するビルを出ると待機させていたベンツへと乗り込んだ。
 それに遅れて舐筑が到着すると、車は静かに走り出した。

「もぅ、急にどないしたんや、鱶咬はん……なんや、笑ってるんか?」
「あぁ、つい我慢できなくてなぁ、ありゃ、先生の言うとおり、俺好みのイイ牝だな……それに妹の方もジャジャ馬で躾がいがある」

 鱶咬は自分好みの女をみると、込み上げる嗜虐欲が昂りすぎて笑みが抑えられなくなるのだった。
 ニタリと笑みを浮かべてギザギザの歯をみせる姿は、獲物を前にした捕食者だった。鱶咬から滲み出る凶悪さに、付き合いが長い舐筑でもゾッと寒気がしてしまう。

「そんなに気に入ってくれはって良かったわ。いつもみたいに早々に海に沈められちゃ、勿体ないからなぁ」
「あぁ、あの美人の弁護士先生には、ぜひ招待してあの島の素晴らしさを体験してもらいたいものだな」
「だがなぁ、拐って監禁ってわけにもいかんでぇ、いろいろ注目させてる方やし、夫の時も失敗しとるからな」

 瀬名は元々は東京で活躍する美人弁護士であった。
 当時は大手弁護士事務所に所属していた彼女は、新人の際に指導してくれた先輩の正志と恋仲になっていた。
 その後、結婚したふたりは彼の父親が残してくれた弁護士事務所を受け継ぐ為に、三年前にこの街へと移り住んで、まだ高校生だった妹の瑠奈と三人で暮らしはじめた。
 小さな弁護士事務所であったが、親身な対応から地元民からの信頼も厚く、当然、地元に巣食う龍爪会から被害を受ける人々の相談も多かった。
 矢面に立ち、毅然とした態度で被害者を守る正志は、色街に抗議する団体とともに龍爪会と対峙するようになっていった。
 その正志だが、雨が激しく降る日に行方不明となり、数日後に水死体となって運河で発見された。その身体には激しい暴行の痕があり、腫れ上がった顔は人相での確認が困難なほどであった。
 数日してヤク中の男が実行犯として逮捕されたが、すぐに留置場で急死してしまった。それで捜査も打ち切られてしまい、真相は闇の中へと消えてしまったが、誰もが龍鱗会の仕業だと確信していた。
 更なる報復を恐れてメンバーが次々と去っていった。このまま抗議運動は尻窄みになると思われていた。
 だが、瀬名が亡き夫の意思を継いだことで、事態は一転する。マスコミが悲劇のヒロインとして取り上げ、抗議運動自体も注目を浴びたのだ。
 そうなると龍爪会もおいそれと手出しができなくなり、結果的に抗議運動を勢いづけてしまったのだった。
 その事を指摘されて鱶咬も渋い顔を浮かべる。

「ほな、こないな手はどうや?」

 舐筑の提案に耳を傾けた鱶咬は、ニヤリと笑みを浮かべると徐々にそれを深めていった。





ふたなりな・・・

 更新できてないので、以前にもアップした気もしますが倉で眠っていた没作品の冒頭でも貼っておきます。
 以前、参加したフタナリ企画物で書き進めていた品なのですが、もう一品の方が良いとの判断で倉入りした経緯があるものです。
 ウチでのフタナリ需要は、あるのか不明なので埃を被っておりました。
 ところで少女&フタナリの場合は、百合需要を満たせるのか興味深いところでもあります(苦笑)。

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『双性牢烙(そうせいろうらく)』

【1】

 深紅の絨毯のひき詰められた広々とした室内、そこは鳳星学院の運営を司る執行部本部にある生徒会長執務室。
 壁一面を使用した大きな窓からは学院の広大な敷地内が見渡せる。その窓の前に置かれたオーク材の執務机に、生徒会長である猩々緋 令華(ほうじょうひ れいか)の姿があった。
 女性にしては長身でスラリとしたモデル体形、美しい艶に彩られた長い黒髪と切れ長の瞳が印象的な美少女だ。背後から差し込む夕陽を浴びて、その怜悧な美貌は神々しくすら見えた。
 報告書のファイルに目を通していた令華は、入り口の向こうで騒ぎが起こっているのに気が付く。徐々に近づいてくる靴音の荒々しさから、その原因となった人物の様子が容易に想像できた。
 クスリと意地の悪い笑みを浮かべると、ファイルを閉じてデスクの上に置いた。
 それと同時に執務室の扉が荒々しく開け放たれ、生徒会役員たちの制止を振り切った、ひとりの少女が姿を現した。
 小柄な身体に鳳星女学園の制服である濃紺のブレザーをまとい、身に着けているリボンの色から一年生だとわかる。
 腰までありそうな長髪をポニーテルにまとめ、キッと令華を睨みつけるア-モンド型の目には意思の強そうな光を宿している。吊り上がりぎみの柳眉が、少女の勝気そうな印象をより強めていた。
 芸術的な美しさを感じさせる令華とは対照的な、野性的な美しさを感じさせる美少女である。

「入室の際は、ノックをするのが礼儀ですわよ、鐵 火憐(くろがね かれん)さん」
「あぁ、そうね。次から気を付けるわよ。それより、アタシが何しに来たかわかってるわよねぇ」

 火憐と呼ばれた少女は怒り心頭といった様子で。執務机の前までくると令華を見下ろす。

「さぁ、なんのことかしら」
「このぉッ」

 火憐と呼ばれた少女は、トボけてみせる令華に激昂する。バンと激しい音を立てて執務机に手をつく。
 慌てて止めに入ろうとする生徒会役員たちを令華は手で静止すると、しばらく席を外すように指示をだした。
 心配そうにする全員が部屋を出ていくのを確認すると、ようやく令華は口をひらいた。

「冗談よ、新郷 響(そんざと ひびき)さんの件でよいかしら?」
「響が連れていかれたのは、やっぱり貴女の差し金なのね」

 幼馴染で親友である響が授業中に生徒会に呼び出されたまま帰ってこないとクラスメートに教えられ、すぐさま怒鳴りこんできた火憐であった。

「アタシに負けたのがそんなに気に入らないの? 響になにかしたら許さないんだからッ!!」

 火憐の啖呵に令華の眉がピクリと反応する。だがそれも一瞬で、口元には再び冷笑が浮かぶ。

「ちょっと調べものに協力して頂いてるだけよ」

 怒りで肩を震わせて今にも殴り掛からんばかりの火憐と余裕の笑みを浮かべる令華。
 ふたりの少女の確執は3カ月前――鐵 火憐がこの鳳星女学園へと転校してきた時から始まっていた。



 鳳星学園は、戦後の混乱期に裸一貫から製造業を始め、今では赤ちゃんのオムツから軍艦まで扱う巨大企業体、猩々緋グループを作り上げた人物が創設した学園だ。
 猩々緋グループからの多大な支援によって設備は充実しており、街から離れた郊外に広大な敷地を擁している。最新最高の教育と静かな環境で学園生活を過ごせるのもあり裕福層の女子が多いのが特徴だ。
 また、帝王学を学んだ将来の創業者を育成するという設立当初からの方針により、学内の運営の大半を生徒たち主導で行われていた。結果、それを統括する生徒会は強い権力を持っていた。
 そんな学園に、二学期も始まった9月下旬にふたりの女生徒、火憐と響が高等部へと転校してきたのだ。
 裕福層の生徒が多い学園とはいえ、それでもガラの悪い生徒はいる。勝気な性格の火憐は、そんな連中とすぐにトラブルを起こしていた。
 その大半が気の弱い響を守ろうとしての行為であったのだが、すぐに手を出してしまう火憐にも問題があった。
 次第にエスカレートしていく嫌がらせを、持ち前の空手で強引にねじ伏せていった。
 響の祖父が開く道場は実戦的な空手を教えることで県下で有名で、多くの警察や軍関係者が子弟として通っているほどであった。
 そこで火憐は幼少の頃から鍛えられてきたというのだから、その実力も伺える。
 だが、ことが大事になると流石に生徒会も動き出した。騒動の鎮圧に風紀委員を引き連れた令華であったが、ちょっとした行き違いにより火憐と対峙することとなった。
 学業だけでなくスポーツ、武道でも負けを知らぬ令華であった。だが、観衆の目の前でアッサリと火憐に負けてしまったのだった。

――それから令華様は変わられてしまった……

 令華の腹心である生徒会役員たちはそう感じていた。
 猩々緋の血族として幼少の頃より人より優秀であることを求められ続けた。それに常に応えてきた令華にとって、同性で年下の火憐に負けた事は受け入れがたい事であった。
 それでも負けた事実は変わらず、受け入れようと努力していた。だが、偶然目にした火憐に関する個人資料をみてしまい、それも出来なくなってしまった。
 それ以来、一般生徒に見せる優しい笑みの下で、ドロドロとした昏い感情が渦巻き、次第に大きくなっていたのだった。



 睨み合い、火花を散らすふたりの少女。先に目を外したのは令華であった。

「ふッ、ちょうど良かったわ。ちょっと見てもらいたいものがあるの」
「はぁ、なによ?」

 無造作に火憐の手元に置かれた茶色い封筒、その中身は数枚の写真であった。

「昨日、私の元に届いたものよ。なかなか興味深いものが写っているわ」
「なにを一体……えッ、これって……」

 写真に映っているのは火憐の姿だった。寮の私室を盗撮したものらしく、ちょうど部屋に設えられたシャワーを使用するところだった。
 制服を脱いで、あられもない下着姿になる火憐がシャワー室に入り、濡れた身体で出てくるまでの様子が写っている。

「こ、これを誰がッ!?」
「問題はそこではないわ。ほら、この写真なんてシッカリ写ってるわよね、とても不思議なものがね」

 令華の細く綺麗な指が、一枚の写真を指差す。その写真には裸で姿見の前に立つ姿を捉えていた。
 鏡に映るその股間には、あるはずのないものが写っていた。慎ましい柔毛の下でダラリと垂れ下がる器官だ。

「これって、男性の性器……ぺニスよね?」

 そう、胸の膨らみや括れた腰など早熟な女性らしい丸みを帯びた身体つきの火憐。その股間には本来はありえない男根が存在していたのだ。
 その異物感はすさまじく、彼女が可憐な美少女なのがそれを増している。
 問われた火憐は写真を見下ろしたまま動かない。先程までの強気の様子は消え去り、顔からは血の気がひいていた。
 その様子に乾いた笑みを浮かべた令華は、椅子から立ち上がるとゆっくりと背後へと歩んでいった。

プロフィール

久遠 真人

Author:久遠 真人
 ようこそ、いらっしゃいました。

 ここは久遠 真人が主催するSM小説サイト『HEAVEN'S DOOR』の雑記帳的な位置づけのブログです。

 お戻りになる際は、右の【リンク】『HEAVEN’S DOOR』をクリックして下さい。

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